松尾大社(まつのお たいしゃ)    Matsunoo Taisha Shrine 天空仙人の神社仏閣めぐり

松尾大社 Official Page
松尾大社
「松尾大社」

松尾大社

松尾大社

松尾大社

松尾大社

松尾大社

松尾大社

松尾大社

松尾大社

松尾大社 鳥居 写真 松尾大社 楼門 写真
「鳥居」「楼門」
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松尾大社 楼門 写真 松尾大社 神楽殿 写真
「楼門」「神楽殿」
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松尾大社 本殿 写真 松尾大社 本殿 写真
「本殿」「本殿」
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松尾大社 随神像 写真 松尾大社 随神像 写真
「随神像」「随神像」
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松尾大社 霊亀の滝 写真 松尾大社 御神紋 写真
「霊亀の滝」「御神紋 ふたば葵」
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松尾大社  写真 松尾大社  写真
「神泉・亀の井」
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松尾大社  写真 松尾大社  写真
「霊亀」「幸運の撫で亀さん」
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松尾大社  写真 松尾大社  写真
「亀」「幸運の双鯉」
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松尾大社  写真 松尾大社  写真
「曲水の庭」「曲水の庭」
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松尾大社  写真 松尾大社  写真
「上古の庭」「上古の庭」
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松尾大社  写真 松尾大社  写真
「蓬莱の庭」「蓬莱の庭」
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松尾大社
「松尾大社」
Matsunoo Taisha Shrine

松尾大社 鳥居 松尾大社 神楽殿
「鳥居」「神楽殿」
TORIIKAGURA-DEN

松尾大社 祈願杓子 松尾大社 絵馬
「祈願杓子」「絵馬」
KIGAN-SHAKUSHIEMA

松尾大社 樽うらない 松尾大社 相生の松えんむすび守り
「樽うらない」「相生の松えんむすび守り」
TARU-URANAIEN-MUSUBI-MAMORI

松尾大社 飲酒・醸酒・販酒守り 松尾大社 霊亀土鈴
「飲酒・醸酒・販酒守り」「霊亀土鈴」
OMAMORIREIKI-DOREI

松尾大社 霊亀
「霊亀」
REIKI

松尾大社(まつのお たいしゃ)

Matsunoo Taisha Shrine

京都府西京区嵐山宮町3

3,Arashiyama-Miyamachi,Nishigyo-Ku,Kyoto

阪急電鉄嵐山線松尾駅すぐ


松尾大社

大山咋神(おおやまぐいのかみ)と市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の二神を祀る。  

大宝元年(701)秦忌寸都理(はたのいみきとり)が、松尾山大杉谷の磐座(いわくら )の神霊を勧請し、秦氏の氏神として当地に社殿を建立したのが起りと伝えられる。

平安遷都後は王城鎮護の神として、また中世以降は酒造の神として人々の信仰を集めている。  

本殿(重要文化財)は、「松尾造(両流造)」と呼ばれる珍しい建築で、天文11年(1 542)に改築されたものである。宝物館には、等身大の男神坐像二体、女神坐像一体( ともに重要文化財)が安置されている。  

毎年4月の松尾祭には、境内の山吹が咲き乱れ、桂川で神輿の船渡御が行われる。また、 7月には御田祭(市無形文化財)が行われるなど、多くの人々でにぎわう。

京都市 案内板より


上古の庭

上古ではどこの神社も社殿はなく、山中の巨岩などが神霊の宿る聖地とされていました。 その場所を磐座、或いは磐境と言います。 当社でも今から千三百年の昔、大宝元年(七〇一年)に現在地に御本殿が建てられる以前は、 この後方の松尾山々中頂上近くにある磐座で祭祀が営まれていました。 この古代祭祀の場である磐座を模して山麓に造られたのが本庭です。 庭の奧、中央にある巨石二つは当社御祭神の男女二神を、そしてこれを取りまく多数の岩は、 随従する諸神の姿をそれぞれに表象しています。 又、地上一面に植えられたミャコ笹は高山の趣を表します。 黙して立てば、庭全体に漂う神秘荘厳の気が、おのずからに感得されることでしょう。


曲水の庭

曲水の庭は、王朝文化華やかなりし平安貴族の人々が、慣れ親しんだ雅遊の場を表現したものであります。 当社は平安時代、京都の守り神二神、すなわち東の「賀茂の厳神」と並び、 西の「松尾の猛霊」と尊び称せられて隆盛を極めました。 あでやかな中にも気高い当時の面影を内に秘めて、しかもきわめて現代風に作庭され、 四方どちらから見ても美しい八方美の姿が本庭の特色です。


蓬菜の庭

蓬菜とは不老不死の仙界の意味で、その島にあこがれる蓬莱思想は鎌倉時代に最も流行し、 作庭技術にも採用されました。 鎌倉将軍源頼朝は、当社に対し神馬十匹・黄金百両を献じて深い尊信の念を捧げ、 以後も武門の崇敬は変わることなく、明治時代まで続きました。 本庭は、その鎌倉期に代表される回遊式庭園をとり入れたもので、全体が羽根を広げた鶴の形をしています。 池泉の周囲を巡り、池に浮かぶ島々を眺めて、もしも自ら仙界に遊ぶ境地に到達されたなら、 観賞者の心と作庭家の心とが、その時こそ一致した時だと思います。


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