群馬 赤城神社(あかぎ じんじゃ)
     Akagi Jinja Shrine 
          27.Aug.2019
           天空仙人の神社仏閣めぐり
群馬 赤城神社 Official Page
群馬 赤城神社
「群馬 赤城神社 拝殿」

群馬 赤城神社
「群馬 赤城神社 神橋」

群馬 赤城神社
「群馬 赤城神社 赤沼」

群馬 赤城神社 拝殿 写真 群馬 赤城神社  写真
「赤城神社 拝殿」「赤城神社 拝殿」
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群馬 赤城神社 拝殿  写真 群馬 赤城神社  写真
「本殿」「社号額」
HondenShagogaku
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群馬 赤城神社  写真 群馬 赤城神社  写真
「」「手水舎」
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群馬 赤城神社 石灯籠 写真 群馬 赤城神社 賽銭箱 写真
「灯籠」「賽銭箱」
ToroSaisenbako
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群馬 赤城神社 狛犬 写真 群馬 赤城神社 狛犬 写真
「狛犬」「狛犬」
KomainuKomainu
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群馬 赤城神社  写真 群馬 赤城神社  写真
「絵馬」「絵馬」
EmaEma
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群馬 赤城神社(あかぎ じんじゃ)

Akagi Jinja Shrine

群馬県前橋市富士見町赤城山 4-2

4-2,Akagisan,Fujimi-cho,Maebashi-shi,Gunma


赤城神社由緒記

上毛三山の雄赤城山は標高1828メートル関東平野北部に君臨する 最初の霊峰である東西に長く裾を引く気品ある山容は古代神霊の宿る山として崇められたのも故なしとしない 山頂の大沼小沼は千古の神秘を湛え全山原始の面影をとどめ幾多の信仰と伝説を秘めてきた 一方遠く万葉の歌人に詠まれてから今日まで幾多知名人の文筆と彩管によって 天下に紹介されてきた誇り高き山である 古代の自然神は赤城大明神と沼神の赤沼大神として祀られたと考えられる 第十代崇神天皇第一皇子豊城入彦命が東国経営の大任を帯びて上野国に移られた時 すでに山と沼の霊を奉斎したと伝えられ 更に允恭用明両天皇の御字社殿を創設し平城天皇大同元年に山頂大洞に神域と定めて遷座奉斎すると伝えられる 弥来朝野の崇敬を受け戦国時代の前橋城主をはじめ 天正十八年の平岩氏慶長六年の酒井氏寛延二年の松平氏とそれぞれ崇敬し 特に後に幕閣の大老職に就いた酒井雅楽頭忠清ば寛永十八年三月山火事によって類焼した社殿を新造し 併せて神田を寄進し松平氏もまた毎年祭?シ(次の下に米)料を献し奉幣使を派遣するを例とした 江戸時代に徳川家康公を合祀し大洞の赤城神社として山麓諸村の信仰によって守られ 明治時代に入り赤城山が観光客を迎えるようになると 一層有名になったが社殿が頽廃したため 昭和四十年新たに神域と小鳥が島に移す議が起こり 昭和四十五年旧社地大沼南畔の大洞より現在地に奉遷したことは碑陰の遷宮の記に記した通りである

祭神

赤城大明神 磐筒男命 磐筒女命

豊城入彦命 経津主命 大己貴命

徳川家康公 大山咋命 高龍(雨冠に四に龍)命(たかおかみのみこと)

市杵嶋姫命 豊受大神 建御名方命

祭日

五月八日 山開祭 境内地神域 一万四千八百坪

八月八日 沼神祭 社殿建坪 38坪

十月一日 秋祭 社務所参集殿 93坪

境内 石碑より


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