吾野 法光寺(ほうこうじ)      Houkoji Temple    武蔵野観音霊場 第三十一番       11.May.2015        天空仙人の神社仏閣めぐり

法光寺 Official Page
吾野 法光寺
「吾野 法光寺」

吾野 法光寺 岩殿観音
「吾野 法光寺 岩殿観音」

吾野 法光寺 六地蔵
「吾野 法光寺 六地蔵」

吾野 法光寺 山門 写真 吾野 法光寺 本堂 写真
「山門」「本堂」
SanmonHondo
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吾野 法光寺 本堂 写真 吾野 法光寺  写真
「本堂」「額 妙好華殿」
HondoGaku
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吾野 法光寺 十一面観世音菩薩像 写真 吾野 法光寺 慈母観音像 写真
「十一面観世音菩薩像」「慈母観音像」
Kanzeon-BosatsuzoJibokannonzo
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吾野 法光寺 仁王像 写真 吾野 法光寺 仁王像 写真
「仁王像」「仁王像」
NiouzoNiouzo
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吾野 法光寺 六地蔵尊 写真 吾野 法光寺 子抱き布袋尊 写真
「六地蔵尊」「子抱き布袋尊」
RokujizoKodaki-Hoteison
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吾野 法光寺 十三重石塔 写真 吾野 法光寺  写真
「十三重石塔」
Jusanju-Sekito
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吾野 法光寺 庚申塔 写真 吾野 法光寺 庚申塔の三猿 写真
「庚申塔」「庚申塔の三猿」
KoshintoSanen
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吾野 法光寺  写真 吾野 法光寺 弘法の爪書き不動明王 写真
「弘法の爪書き不動明王」
Tsumekaki Fudomyoou
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岩殿観音(観音窟)

吾野 法光寺 岩殿観音 写真 吾野 法光寺 岩殿観音 写真
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吾野 法光寺  写真 吾野 法光寺 十一面観音 写真
「観音窟内

十一面観音」

Juichimen-kannon
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吾野 法光寺 石仏 写真 吾野 法光寺 石仏 写真
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吾野 法光寺 石仏 写真 吾野 法光寺 石仏 写真
「石仏」「石仏」
SekibutsuSekibutsu
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吾野 法光寺(ほうこうじ)

Houkoji Temple

埼玉県飯能市坂石町分333−1

333-1,Sakaishi-machibun,Hannou-shi,Saitama

【御詠歌】

吾野なる 補陀落山の岩殿に 登る山路も かたき心で


曹洞宗 補陀山 法光寺

 補陀山 法光寺は、西武池袋線吾野駅下にある曹洞宗の古刹である。 寺伝によると、至徳三年(1386)吾野要害山城主岡部新左衛門入道妙高が、 父祖の岡部六弥太(鎌倉御家人)菩提のために始め真言宗の寺院として創建されたと伝えられえる。 その後、天正年間(1573〜92)に関東曹洞宗の三刹、越生龍隠寺第十二世日峰伊鯨禅師により曹洞宗に改宗されている。

  現在の本堂は元禄十三年三月二十五日当寺七世の超岩卓全和尚の代、番匠村の棟梁正木文右衛門家次により再建された物である。 (間口十一間 奥行7間 総瓦葺き本堂)

  当寺本尊「延命地蔵菩薩」(木彫寄木造坐像)は県指定重文となっている。

  本堂左手に、二階建て民家風の観音堂がある。 入口前に二本の石柱が立っており、右側には曹洞宗法光禅寺、左側には武蔵野観音霊場第三十一番札所と書かれている。 1階はコンクリートの土間で、正面に武蔵野観音霊場札所本尊の十一面観世音菩薩が安置されており、二階は客殿となっている。

  また、山門の前には、江戸初期に造顕された「六地蔵尊」が祀られており、地元の人々の信仰があつい。

  その他、寺宝の刀剣「福岡一文字」(文化財保護委員会登録(埼)10377号長さ二尺五寸三分)等、その他多数の銘木、銘石を有する。

  当山裏山の中腹に、十一面観音(行基の作)を祀る「岩殿観音」がある。 石灰岩の石窟で、文和五年(1356)比丘元灯はこの山の霊感に打たれ数百人の協力者を得て石龕を完成したといわれている。 (埼玉県重要文化財)


法光寺

ご本尊は延命地蔵菩薩であるが、本堂前の観音殿に木彫十一面観世音菩薩が祀られている。 奥の院が裏山約1キロメートル、西武建材株式会社の採掘所内の鍾乳洞の中にある。 この観音窟は鎌倉・甲州・武州の関東三大岩殿山と言われていた。 当初のご本尊は残ってないが、貞和2年10月(1347)の刻名のある石龕(せきがん)が残されていた。


観音窟石龕(せきがん)

南北朝時代・県指定・史跡

ここは岩殿観音窟と呼ばれ、石灰岩の洞窟である。 もともと観音窟は、行基菩薩の手彫りと言われた十一面観音像を安置した霊場で、 貞和2年(1346)に比丘元燈を中心に、数百人が協力して石龕が造られ奉納された。 石龕は緑泥片岩で観音像を安置する厨子を造ったたもので、他に類例が見られず極めて貴重な仏教遺物である。

境内 案内板より


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