鹿児島 鶴嶺神社(つるがね じんじゃ)      Tsurugane Jinja Shrine       20.Dec.2016        天空仙人の神社仏閣めぐり


鹿児島 鶴嶺神社
「鶴嶺神社」

鹿児島 鶴嶺神社
「鶴嶺神社」

鹿児島 鶴嶺神社 鳥居 写真 鹿児島 鶴嶺神社  写真
「鳥居」「拝殿(舞殿)」
ToeiiMaiden
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鹿児島 鶴嶺神社  写真 鹿児島 鶴嶺神社  写真
「本殿」
Honden
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鹿児島 鶴嶺神社  写真 鹿児島 鶴嶺神社  写真
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鹿児島 鶴嶺神社  写真 鹿児島 鶴嶺神社 手水鉢 写真
「手水鉢」
Chozubachi
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鹿児島 鶴嶺神社(つるがね じんじゃ)

Tsurugane Jinja Shrine

鹿児島県鹿児島市吉野町9698-2

9698-2,Yoshino-cho,Kagoshima-shi,Kagoshima


鶴嶺神社

鎮座地 鹿児島市吉野町磯

御祭神 島津家歴代当主とその家族

    玉里島津家歴代当主とその家族

従神 家老5名、殉死者45名

由緒

島津氏は鎌倉時代の初め文治元(1185)年より明治2(1869)年の版籍奉還に至るまで、 約700年にわたって南九州を治めた武将の家系です。

鶴嶺神社は明治2(1869)年、島津氏の歴代当主とその家族等をお祀りする神社として、 鹿児島城下の山下鶴嶺(現、鹿児島市照国町)に創建されました。 明治6(1873)年、県社に列せられ、同12(1879)年に竜尾神社を合祀しました。 大正6(1917)年に現在地に遷座されました。

なお、28代島津斉彬公は、日本の国旗「日の丸」をご考案されました。


鶴嶺神社と亀寿姫(ジメサァ)

鶴嶺神社には、島津歴代当主とその家族が祀られています。 亀寿姫も御祭神の一人です。

亀寿姫は、元亀2(1571)年16代島津義久の三女として誕生しました。 天正15(1587)年、父義久が豊臣秀吉に降伏、亀寿姫は人質として秀吉のもとに送られました。 その後、18代家久(義久の弟義弘の嫡男)の夫人となり、寛永7(1630)年に亡くなりました。 心優しい人であったと伝えられ、鹿児島の人たちは亀寿姫の法名・持明院にちなんで「ジメサァ」と呼んで慕い続けました。

また、たいへん美人であったとも伝えられています。

『薩藩旧伝集』に、秀吉は、亀寿姫があまりにも美しいので、はじめは偽者ではないかと疑いましたが、 落ち着きはらった態度を見て本物に違いないと判断したという逸話が記されています。

このため、鶴嶺神社にお参りすれば身も心も美しい女性になれるといわれ、 多くの女性がお参りするようになりました。

境内 案内板より


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