飛騨高山 素玄寺(そげんじ)
      Sogenji Temple 
            14.Sep.2018
             天空仙人の神社仏閣めぐり

飛騨高山 素玄寺
「飛騨高山 素玄寺」

飛騨高山 素玄寺 本堂
「飛騨高山 素玄寺 本堂」

飛騨高山 素玄寺 山門 写真 飛騨高山 素玄寺 山門 写真
「山門」「山門」
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飛騨高山 素玄寺 本堂 写真 飛騨高山 素玄寺  写真
「本堂」
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飛騨高山 素玄寺  写真 飛騨高山 素玄寺  写真
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飛騨高山 素玄寺  写真 飛騨高山 素玄寺 鐘堂 写真
「鐘堂」
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飛騨高山 素玄寺  写真 飛騨高山 素玄寺  写真
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飛騨高山 素玄寺  写真 飛騨高山 素玄寺  写真
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飛騨高山 素玄寺(そげんじ)

Sogenji Temple

岐阜県高山市天性寺町三十九番地

39,Tenshoji-machi,Takayama-shi,Gifu


素玄寺本堂(市指定文化財)

所在地 高山市天性寺町三十九番地

所有者 素玄寺

指定年月日 昭和四十九年十二月十三日

構造形式 単層入母屋造 銅平板莓

素玄寺は、慶長十三年(1608)八月十二日、京都伏見で没した高山城の初代城主金森長近の菩提を弔うために、 二代可重が建てた曹洞宗の寺院である。 長近の法号「金竜院殿前兵部尚書法印要仲素玄大居士」にちなんで、素玄寺と称した。

当寺にのこる文政二年(1819)の書上書によると、寛永年間 (1624〜1644)に炎上後、 寛永十二年(1635)高山城三ノ丸にあった評議場が移築されたとある。

化粧屋根裏の正面一間通しの板廊下は、元は入ロ土間であった。 さらに一間半の長廊下を隔てて、中央に大間と内陣、 その右側に四室、左にニ室の平面を有するこの本堂は、もと大名の屋形を物語るにふさわしい書院造の遺構である。

高山藩主金森氏ゆかりの寺として知られ、金森長近が用いていた軍扇や采配等のほか、 肖像画を所蔵している。 寺内の観音堂にある馬頭観音は飛騨三十三観音霊場の四番札所本尊となっている。


Hondo (main hall) of Sogen-ji Temple

The temple was built to mourn Nagachika Kanamori's soul, the first lord of Takayama castle, was named Sogenji, after Nagachika's Buddhist name. The highlight of Sogenji is the main temple with the hipped copper roof. It is said that it was originally a conference building on the outermost region of Takayama castle, and was relocated to the current site in 1635. It is remains of the Shoin-zukuri building deserving to represent the mansion of daimyo (federal lord).


境内 案内板より


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